哀れを越えて、痛しいもの。

ここのところ過ごし易い日が続いている。

先日いまだ明けずとブログを書いたが、翌日より本来の北海道らしい夏になった。

現在も我が家で22度、湿度も低く気持ちが良い。

今朝トンボが我が家には飛来した。

秋かな?と思いつつ、空を眺めるとまだ北海道の夏の空である。

森ではまだウグイスが鳴いている。

いまだ相手が見つからない雄鳥である。

可哀想をこえて、もう哀れという感じだ。

哀れというと、近年退職した方がワンボックスや軽のワンボックスで旅をしている方が多い。

道の駅や温泉駐車場で車中泊をして、長と北海道で避暑を兼ねて旅をしているようだ。

これが哀れというか、貧相というか、見ていて痛しい。

どう言って良いのだろうか?

確かに自由である。

しかしである。

昔、富良野の鳥沼にキャンプ地があった。

夏になると、チャリダーやライダーが夏の間定住し異様な雰囲気を醸し出していた。

同じチャリダーだった私は、着いた途端にその異様な雰囲気から逃れるためにチャリンコを走らせたことがある。

そう言うキャンプ場は他にも幾つかあった。

沖縄の石垣にもあったな。

あまりの異様な雰囲気から、住民からも嫌われて、ある年からキャンプ場が消えた。

あの雰囲気に似ているな。

生活臭のするワンボックスが並びテーブルとイスを出して寛いでいる50オーバーの姿は、これはもう哀れを通り越して痛しい。

自転車で荷物を満載にして、一人で走る若者は絵になる。

山もそうである。

一人大きなザックを背負い縦走する姿は絵になる。

カヤックも同じだ。

どんなに汚くても、雨でずぶ濡れになっていても絵になる。

これは仕方がない。

若さゆえの特権であり、万国共通だ。

同じく自転車で荷物満載に一人旅する初老の姿も時折見かける。

この姿はまた良い。

若者ほど絵にはならないが、良い雰囲気がある。

いつかは再び私もと思ってしまう。

最近は、自転車で数日間のツーリングをする中年のグループをよく見かけるが、まさに雑誌から抜け出た格好で仲間と走っている。

確かにクールだ。

自転車ツーリングもこうもスマートになっちゃったのね!って感じで、私個人的には好きではない。

何でもスマートであれば良いもんでもあるまい、時には泥臭いほうが良いのである、と今だに信じている古いタイプの人間である。

確かに、長期ツーリングとなると荷物は増える。

数日間のツーリングで、公共交通機関を使う事が前提のツーリングは荷物も少なくスマートにクールに仲間とワイワイ旅が出来るのだ。

なるほどね、と思う。

私とは全く種類の違う旅人である。

長く旅をしていると、同じ匂いの旅人というものがある。

昔、ニュージーランドを自転車で3月半旅をしたことがある。

ニュージーランドは、旅人もチャリダーも多いのに同じ匂いのする旅人が皆無に近かった。

何故だろうと考えた。

ニュージーランドは、日本の3分の2の島国である。

先進国で治安が良好、野生動物に猛獣もいない平和な国だ。

原因はこれである。

平和で衛生的、しかも猛獣がいない。

旅の初心者が旅をする場所なのだ。

旅慣れた泥臭い旅人が敬遠するのは行って良くわかった。

うまく説明出来たかはわからないが、そう言う事なのだ。

旅人には匂いがある。

そして、求めるものがタイプによって違うのだ。

どんなタイプの旅人でも良い。

車中泊は止めましょうよ。

特に50越えた方は哀れで痛しい。

乞食と変わらない、そう思うのは私だけだろうか。

テントか宿で良いのでは

品性、気品、教養と言うものがある。

金持ちとか、高学歴と言うことではない。

自分が生きて培ってきたものだ。

旅をするにはこの品性、気品、教養が必要なのである。

自ら宿代を少しでも浮かせるために車中泊するのは、自分の気品や品性、教養を否定し自ら下げる事になるような気がする。

こう生意気な事を書く私は、何処に行こうが誰よりもナンバーワンで汚い旅人だったな。

でも、若かったから許されることもある。

その年代によって、旅のスタイルは変えても良いのかもしれない。